幽体離脱と明晰夢と普通の夢のちがい

  幽体離脱 明晰夢(自覚夢) 普通の夢
体脱感 肉体からもう一つの体(幽体)が抜け出すような感覚がはっきりある。 離脱の感覚は無い。 無し。
経験中の自覚 離脱中で幽界にいるという自覚がはっきり有る。 幽界(あるいは夢の世界)にいるという自覚がある。 自覚は無い。現実と区別がついていない無我夢中状態。
金縛り経験 離脱前にキーンという耳鳴りとビリビリとした感覚を伴う金縛り状態を経てから幽体が分離することが多い。しかし慣れるにつれ金縛りは軽減されていく。 無し。(微妙にあるかも?) 無し。
五感の印象 肉体と同様はっきりとあるが、極端な痛み等を経験することは少ない。 視覚や聴覚はあっても皮膚感覚や筋肉系の感覚には乏しいと思われる。 視覚はともかくとして、自覚がないので、すべて希薄な印象としか受け取れないと思う。ときどき例外がおきるが、そういうとき人は大騒ぎしたりする。
意識の連続性 離脱前から自覚がありやがて幽界に入り帰還するまで意識が連続している。そのためあらかじめ予定しておいたことを幽界で行う事が可能。 一旦眠りに落ち気絶するので意識の連続性は無い。夢の中で手を見る等の行為によって自覚を取り戻す事ができる。目覚めに向けては連続性が期待できる。 無し。
経験の現実感 渦中において非常に強いと自覚する。 渦中において強いと自覚する。 渦中において自覚できない。
意識の明晰度 覚醒時と区別がつかなくなるほど明晰だが、さほど明晰とはいえない時もある。 かなり明晰だがさほど明晰とはいえない時もある。 論外。普通の夢に明晰性など皆無。
経験の質 明晰夢に比べるとより秩序だっていて現実的な体験から始まる事が多い。しかしその後どんな展開になるかはその人次第。その経験内容を後から言語化しやすい。当人の制御能力次第。 幽体離脱に比べると秩序は甘い。幻想的で非現実的な経験が多くなる。その分、経験内容をあとから表現するのが困難だし荒唐無稽な話になっていることも。当人の制御能力次第。 荒唐無稽。「ただの夢だよ」で、一笑して終わる程度の経験が多いと思う。
明晰夢と自覚夢
明晰夢というと、リアルな夢とか鮮明なヴィジョンの夢といったような誤解を生む事があるように思います。
夢の中でこれは夢であるとはっきり自覚するのが明晰夢なのですが、だから明晰夢というより自覚夢と言ったほうが誤解されにくいように思います。鮮明な夢、リアルな夢でも自覚がなければ普通の夢です。
夢とはなにか
 私は幽体離脱であれ明晰夢であれ普通の夢であれ、ある特定の意識状態を経て、ある別の空間に行く点では共通だと考えています。つまり幽界に行くということです。そして幽界に入るとき、普通は自覚を失ってしまいます。それが普通の夢です。幽体離脱は自覚をもってそこに入り、自覚夢は幽界に入った後で、自覚を取り戻す。そう考えます。
 つまり全部夢とも言えるのですが、それでは答えになりません。夢とは幽界という地上的制約から外れた別の空間に意識が移行する事だと考えます。その空間の性質・本質・特徴などについては、 幽体の特徴幽界の特徴心を内的に観察すると などを参照してください。
 幽体離脱・自覚夢(明晰夢)は自覚をもったまま目覚め、普通の夢は目覚めてから自覚を取り戻すものだと感じます。
 幽界という空間にどんな意識状態で行ったかによって、幽体離脱とか明晰夢とか普通の夢といった差違が生じるのだということです。ではその「幽界はどこにあるのだ?」、「その空間はどこに存在しているのだ?」という質問に対してはこのように答える事にしましょう。「ではあなたが現実と呼んでいるこの三次元の宇宙的かつ物質的かつ地上的世界を包んでいる『空間』はどこにあるのですか。ここに有るとしか言えぬものではありませんか。誰もその外に出て我々が住む宇宙の位置を対象化した者はいないのですよ」と。
幽体離脱と体外離脱
 「幽体離脱といっても本当に幽体が肉体から抜けているのか客観的科学的に確認できないのだから体外離脱というのが正しい」というような事を書いてある本を読んだ覚えがあります。しかし幽体離脱した人は、肉体からもう一つの体が分離するのをはっきりと感じ自覚しているので、それを幽体と呼んでいるのです。

UPDATE 2011/01/05
ORIGIN 2003/06/27

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