その後の経験談

1987年

幽体離脱一年生になったわけだが、それがそもそも悩みの始まりだった。肉体の外に出たあと、そこの世界で意識を持続させる事はかなり困難で、ちょっと気をぬくとすぐに肉体に引っぱり戻されてしまう。引き戻そうとする力は心理的にどうこうという抽象的な力の事ではなく、物理的に引っぱられる力として感じられる。その力にあらがうにも、幽体側でそれに逆らうように力を込めて、肉体から遠ざかるのだ。周囲になにかつかまる場所を見つけて、それで身体を支える事はしばしば。時にはそれに失敗し、畳に指を立てて抵抗するものの、ずるずると肉体に引き戻される事も多数。その際、畳がミリミリ言う音まで聞こえてくるのですから笑える。

長年つけている記録の中から抜粋して紹介して行きたいと思います。

鏡を見る 4月12日

離脱直前はうとうとしていた。突然離脱する兆候が来たので、努力して外に抜け出した。あいかわらず肉体が引き戻す力が強い。今回も頭の方向に抜け出し、はいずりながら後へ後へとバックしていく。ふすま戸で隣の部屋と隔てられているのだが、それを意識しないようにバックを続けると、つきぬけてしまうことができた。引き戻す力が強く、畳にツメを立てるようにして身体をささえた。やがて少しひっぱる力が弱くなったので、自分の体を見てみる。はじめは寝間着を着ていたのだが、ふと一瞬、あたまの中にはだかの姿が浮かんだ。すると自分の姿も裸になってしまった。手足や性器まで観察したが、指紋や体毛まで、肉体のそれとまったく変わらないように見える。非常に精密にできている。

自分の顔はどうなってんだろうと思って、部屋においてあった鏡をみつけ、それをのぞくことにする。しかし、このとき少々怖かったのも事実だ。「いったいなにが映るんだろう」。不安に少々ドキドキしながら、鏡をのぞき込んだ。すると、そこに映ったのは・・・何のことはない、自分と同じ姿が映っている。でも自分の左目の形が少しゆがんでいる。へんだなと思いながら、もう一度よく見ると、こんどはちゃんと映る。それから鏡に映る自分の姿は、実際の年齢より少し若く映っていた。

周囲の部屋の様子や自分の体があまりにリアルなので、「周囲の物体は本当に実在のものなのか?」という疑問が沸いた。なにか周囲に手に触れてつかめるものはないかと探すと、床にピットノリが落ちていた(後から思い返すと、最初そんなものはなかったのだ)。 それを手に持ってみると、ちゃんと手に持つこともできるし、もっている感触があった。はっきりと手にものを持つという経験はこれが初めてだったので非常に驚いた。「見る」だけではなく、「感じる」こともできるわけかと。

そのとき二階の自分の部屋に母親が階段を上がって入ってくるのが分かった。肉体の耳から入った音が、幽体になっている自分に伝わってきたのが分かった。次の瞬間、肉体で目が覚めた。肉体は非常に緊張しており、驚かされたときのようだった。心臓の鼓動が速く、息づかいも荒かった。戻るのに1〜2分要した。

目覚めてから隣の部屋を見て驚いた。鏡もピットノリもどこにも見あたらない。それらは自分が「有る」と思ったから有ったにすぎないのではないか。しかしあまりにさっきの経験は、リアルで生々しい。

肉体と幽体を同時に知覚し、その後で神殿に行く 4月19日

まず頭から抜け出した。幽体である自分が肉体からヌッと立ち上がった。このプロセスは自動で進展した。非常に引き戻す力が強く、はいずりながら肉体から遠ざかった。隣の部屋まで移動すると、その力はかなり弱くなる。視力が働きだしたので、まわりの様子を観察したが、視界がぼやけていて今ひとつはっきり見る事ができない。もっと遠ざかる必要があると思い、窓をあけて部屋の外に出ようするが、カギがかかっている。手でそのカギを開け、窓から外に出た。

 雲一つ無い真っ青な部屋が広がっている。幽体は肉体に比べてはるかに身軽なのか、屋根に登る事はたやすかった。しかし宙に浮き上がってのぼるのではなく、このときは四肢を使ってよじ登った。屋根から飛び降りるといくぶんふわっと落ちるのだが、けっこう速い速度で落下する。下に落ちるときドサッと音がする。落ちている間、宙に浮きたいと思ったが、浮くことはできなかった。屋根に登っては飛び降りるというのを何度か繰り返しているうちに、液体的な身体である幽体の一部が肉体のほうに戻されてしまって、自分がずいぶんと希薄な身体になっている事に気づく。このとき自分の体は細長いものになっており、二つの場所に同時に存在しているような感覚だった。家の外にいる自分と、部屋の中で横たわっている自分、この二つをほぼ同時に知覚する。そして瞬間的に切り替えて、外の様子と部屋の中のようすを、切り替えて見る事ができる。

 何度か切替を試しているうちに、まったく別の場所に自分が移行してしまった事に気づいた。祭壇のようなものがあり、そこから登り階段がつづき、その上には二本の柱が立っている。柱は一本は白、もう一本はめのおのような緑の柱だった。かなり大きなもの。

そこの神殿にはシビュラ(巫女)たちと、年老いた白髪の目の大きな痩せた老人がいて、老人が自分のほうに近づいてくる。シビュラたちは、大ホールの隅で雑用をしている。この老人は初めてみた人で、自分の知るだれにも似ていなかった。「ここはどこですか?」と尋ねたら、「もっとも高く、もっとも深い場所だよ」と答え私にほほえみかけた。

 私は最初、幽体離脱ができたらなんでもできるものだと思っていたのだが、実際にはそんなに思ってるほど楽なものではないと感じ初めていた。この世界を思いのままに制御するにはどうすればいいのかというのが当時の最大の関心事だった。だからこの老人に、どうすればそういう事ができるようになるのか教えを請うた。

 しかし彼は私にこういった。「その質問は意味がない。大きな勘違いを犯している」。私は「はぁ?」と口を開けた。「そもそも、君は見ているが見ていない。君はまだまだ重たい」。「さっぱり意味がわかりません」。「まだ当分時間がかかるがね」。 彼はきびすを返して立ち去ろうとしたが、ふと立ち止まって「来るかね?」と言った。 「どういう意味ですか?」と問いかけようとしたが、私はなぜかこのとき、直観的に理解し「行きます」と答えた。ふと見ると、大勢のシビュラたちが、ホールに集まってきていた。

この後で儀式が始まったのだが、このときの様子をどうしても思い出せない。事を終えて私は肉体に戻ったが、このときの記憶は多くの部分が消し飛んでしまっていた。

友人を訪ねようとしたが・・・ 5月6日

今回は非常に短い時間しか出ている事ができなかった。朝7時ごろに試みたが、なかなか外に出る事ができなかった。また今回は抜け出すというよりも、無理やり肉体を引きはがして、はいずり出すという感じだった。そのとき実は自分は寝ぼけていて、目をとじて肉体で、はいずっているだけではないかと思ったほどだ。ふとんが擦れる感触や音、畳の上をはう感触がリアルすぎる。今回は視力は早く働きはじめたので、振り返って本当に自分が寝ているか確認してみたが、頭からふとんをかぶっているようなで、体をはっきりと確認できない。しかしそのときふとんが流動的に波うっているのが見え、「こういう事は実際にはあるわけない」ので、離脱していることが分かった。

肉体から十分に遠ざかったところで、あらかじめ予定していたとおり、友人O氏のところを尋ねる事にした。2メートルほど上昇してから、彼の姿をイメージすると、幽体が飛行を始めたが、視界がブラックアウトして引き戻されてしまった。

戻ってみると周囲が妙に騒がしかった。外でシャッターを開ける音や、別の部屋のテレビの音、親の話し声などがかなり大きく響いており、それに邪魔されたのだと感じた。

ところでこの話には後日談がある。O氏が「おまえこの前、オレになんかしただろう?」という。話を聞いてみると、私が夢の中に現れて、とても怖い事を彼にしたらしい。悪夢にうなされたのだという。時刻を確認するとちょうど私が離脱していた時間帯と一致している。どんな悪夢だったのか聞いたのだが、彼はどうしても言いたがらなかった。私は「なんも悪さはしてないよ」と答えておいた。実際、未遂で終わったわけだし。

手が畳を突き抜けた。ネコと融合した。5月8日

なかなか離脱できずほとんど諦めかけていたとき、突然右腕がふとんの中にめり込んだ。腕は畳もつきぬけて、だらんとぶらさがる状態になった。右腕は動かせたので、手でまさぐってみると、砂や土まみれの板間をさわっている感触がある。どうやら畳の下の一階の天井に当たる床の部分をこすっているらしい。自分の体勢を確認すると、いつのまにやら肉体は反対の方向を向いている。足のあるほうに頭があり、その方向からはいずり出た。今回も昨日と同じで視力があまり働かず、目を閉じた状態と同じでまっくらだ。外に出る事ができないので、反対側の部屋に行こうとすると、なにかに引かれるようにスルスルと横になったままの姿勢で高速で移動する感覚があった。肉体が途中にあるのだが、それを通り抜けてさらに移動した。引き戻す力や、肉体から来る刺激が多いらしい。ミシンと思われる台につかまってささえた。まだ目が見えず、まわりをみようと努力するができない。自分の幽体をさわってみる。手から肩にかけてはっきりと分かる。足のほうは感触が弱い。ふわふわした綿でもつかむような感じだ。

視界が徐々に明るくなって、やっと室内のようすが見え始めると、部屋の中に黒猫が一匹、机の上で丸くなっている。みょうに太い尻尾をもったネコで、金色の目が輝いている。こっちの姿を認めると、ネコは胸めがけでジャンプしてきた。両手で抱きかかえると、毛皮のふさふさした感触が伝わってくる。ゴロゴロ喉を鳴らしているのだが、その妙に太い尻尾が気になって、思わず尻尾をもってそのネコをぶら下げてみた。
「フギャ!」と鳴くと、それは大暴れしたあと、私の胸の中に飛び込んで消えた。私はそのネコと融合し、その瞬間、心の中に野蛮な感情と激しい性欲がわき起こった。しかしそれはすぐに消えた。驚いたのでこのとき肉体に引き戻された。

長い貨物列車 5月16日

 一回目は隣の部屋のベランダまで出たところで引き戻された。すぐに再び外に出るよう試みると、すくに肉体の外に出る事ができた。体はグルグル回転しながら外に出た。視覚や障害物は、独特の心理的コツを使う事によって、働かせたり取り除く事ができるのに気づく。戸は「カギはかかっていないだ」と思いこんで手をかけて開けば良い。視覚は「外の景色を見たい」と強く念じれば働きだす。

 ベランダに立ち、さらに屋根の上におりる。そこからゆっくり降りるように念じつつ、下に飛び降りる。うまくいったので、家の路地を歩き、表通りに出ようとした。しかし手前にはカギのかかったとびらがある。しかし心理的なコツを使うと扉の枠組みだけを残して、トタン板が消えたので、そこをくぐり抜けた。道を歩いて行ったが、道行く人々は自分に気がつかないようだ。しかし中には自分の姿を怪訝そうに、じろじろ見る人もいた。歩きながら自分の手足、幽体の姿を調べてみる。服を見るとパジャマを着ていた。こりゃマズイと思い、着替えられないかと念じてみたがうまくいかない。手ははっきりと見えたが、足はぼんやりしていて、半透明に透けているように見える。

 道の角から子供が数人かけだしてきた。野球をしているらしい。一人は水色のセーターと半ズボンを着ていたのをおぼえている。子供は他の友達にボールをなげようとしているが、私に当たらないように配慮して投げた。

 さらに歩いていくと、鉄道の架線があった。物質世界にも同じ位置に架線はあるのだが、幽界で見た架線はそれとは違うもので、なぜか貨物線になっている。ちなみにその光景は、自分の家からかなりはなれたところにある架線とほぼ同じ。

 目の前の架線を貨物列車がガタンゴトンと通りぬけていく。しばらく見ていると、長い事、長い事。いつまで立っても終わらない。踏切でしびれをきらした私は、上昇してその列車を飛び越える事にした。最初に2メートルぐらいまで浮き上がり、さらに念じると20メートルぐらいまで浮き上がった。走ってゆく貨物列車と、自分の住む町を鳥のような視点で眺めていたが、ここで引き戻されてしまった。

 肉体はおどろかされたような状態でドキドキしていた。3分ほどたって起きあがり記録をつけた。表に出ていた時間は10分ぐらい。

部屋の窓をたたき割る 7月11日

幽界での経験があまりにリアルなので、「もし幽界でなにか物品を破壊したら、それは物質界に反映されるのか」という疑問が前々からあったのだが、それをこのとき確かめてみることにした。肉体から離脱して視力が働きはじめると、そこはいつもの自分の部屋だった。てっとり早く、窓ガラスを壊してみることにした。もし万が一、本当にガラスが割れたとしても、ガラス一枚の修理費などしれている。机の上には、大きなペーパーウェイトがあるので、それを手に取って窓ガラスめがけて投げつけた。「ガチャン」と音がして、窓ガラスは割れた。ペーパーウェイトも部屋の外に吹っ飛んでいった。

さて、やるべき事はやった。肉体にもどって窓ガラスを確認してみると、やっぱり割れていない。ヒビでも入っていればすごい事なんだが。

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