2010年3月アーカイブ

何度も作りなおすと、あたりまえながら前のものより品質が向上する。
ノイズが少なくなったり、音のこもった感じが減ったり。
周天法の誘導の内容を見直して、もう一度録音&編集した。
DR?2dの設定をいじくったり、口とマイクの距離やセッティングを最適にするとか、騒音の少ない深夜に作業するとか、波形編集ソフトの小技などで、まだまだ品質向上の余地はのこされている。
音質がよくなればなるほど、わずかなミスやノイズが目立つようになる。
机に座って液晶モニターの前で録音したら、液晶モニターが音の反射板になって、微妙に反響しているのが解って、こりゃあかんと思ったり。
最初に作った弛緩法を聴き直してみると、ずいぶん粗悪な録音にきこえる。
最終的にはプロにおまかせするつもりなので、そんなことは無視してればいいことなんだけど、気になりはじめるとやり直さずにはいられない。
三歩進んで二歩さがるをくりかえしているけど、でもだいたい物作りの過程っていつも同じだな。
熟練して簡単に前より上達が感じられるうちはまだまだ途上で、自分をとりまく限界内で、これ以上は無理ってなったところで、落としどころが決まって作品が完成する。

というのを知ったのは、小学生くらいのときだったか。
なにかのクイズの本だった。
「再生率100%のテープレコーダーができた。
しかし自分の声を録音してきいてみるとぜんぜん違う。
なぜか?」

 頭蓋や体の内側で反響した自分の声と、外に発された音をまざった状態で聴いていて、それを自分の声だと思っている。しかし外に発している音、他者が聴く音とは違うんだという解答だった。
 実際、テープレコーダーに自分の声を録音するとぜんぜん違ってきこえる。ノイズも多いし、別人の声のよう。(しかも嫌な声にきこえる)。
 そんなものなのだと今まで思っていたけど、DR-2dで録音してみると、自分で聴いてる声とかなり近い。ほとんど違和感がない。誘導メッセージを、まどろみの中できくと、ドッペルゲンガーでも出たのかと怖くなるほど区別がつかない。
 まぁ、クイズの解答は間違いではないのだけど、ぜんぜん違うなんてのは言い過ぎだ。
 ラジカセ品質の録音性能にだまされていたらしい。

 誘導メッセージをテープに吹き込んで、自分で実験して確認という作業を繰り返している。
 自分で試してみると、「ここの説明は冗長すぎ」「ここの間合いが短すぎ/長すぎ」とか、あちこち修正したくなる。ところが、ねっころがって弛緩してまどろみの意識の中でそう思っても、起きあがってメモを取るのは問題がある。テープを止めてメモを取ると意識が変わってしまうし、弛緩の状態も崩れてしまう。ユーザーと同じ状況で評価しないといけない。
 それで「誘導音声にそのつどケチをつけるメッセージを多重録音できればいいのに」と思った。
 それから古いマイクロカセットレコーダの音質の悪さが気になって、ICレコーダの入手を考えた。デジタルならパソコンで編集できるし。
 最初は会議録音用の廉価な機種に目をつけていたのだが、多重録音ができる機種はない。
 さらに探すとオーバーダビング(多重録音)機能がついているTASCAMのDR-1やDR-2dを見つけた。楽器や歌の練習が主な用途の品で、私には少しオーバースペックなんだけど、この機能はなにものにも代え難い。それで新機種のほうのDR-2dを購入。ICレコーダというより、これはPCMレコーダの分類。
 使ってみると音質のクリアなこと、定位が非常によいこと、超高感度なことに驚かされた。カセットテレコの録音品質しか知らない私に別次元の世界。
 部屋のどこに人がいて、どこでしゃべっているかわかる。たとえばDR-2dを床において、そのまわりを歩きまわってその音を録音する。ねっころがってそれを聴くと、足元でほんとに人が歩いているようにきこえる。幽霊が徘徊してるような錯覚すらおぼえる。
 家の外でカラスが鳴いたり車が走っている音も鮮明に録音される。再生時、それが録音されたものなのか、外から入ってくる音なのか区別がつかない。

 家のまわりでカラスがうるさいんだわ。春なので求愛活動や巣作り、縄張り抗争に忙しい様子。録音してる最中にカーカー鳴き声が入る。
 カラスだけじゃなくて、スズメも鳴くし犬も吠えるし車も走るし・・・・。
 普段騒音と思っていない音も、いざレコーディングで音に集中しはじめると、実は騒音だらけだったということに気がつく。気にしはじめると、どんどん偏執狂になってくる。防音室まで欲しくなる。

 夜中に作業するとだいぶましなんだけど、もうそういうのは気にしないことにした。まずは最初の誘導ガイドの青写真をこさえることに集中しようと。

 そんで弛緩法、呼吸法、周天法は一応完成。あとは光体法を残すのみ。

 うちの連れを被験者にして誘導。
 あらかじめ用意した台本を読みながら誘導してみたが、「ぜんぜん集中できない」と不評。「セリフは棒読みだし、内容もわかりにくい」という。
 それで台本を捨てて、いつもどおりぶっつけで行ったら、「こっちのほうがずっといい」と言う。台本書くのに使った時間は無駄だった。
 とはいっても、ぶっつけで誘導したセリフと、頭でこしらえた台本のセリフを「読み比べ」れば、台本のほうが文章としては優れていると思った。
 でも、誘導に適した言葉かどうかはまったく別問題らしい。

 台本を作るとき、書き言葉で思考して自己完結したものを書いてしまう。
 だれかに語りかけるときの言葉は、書き言葉と似ていても非なるもので、被験者の声なき声を共感によって感受し、語りかける言葉に反映させている。
 そんな違いから、できあがるソースには、微妙だけど決定的違いが生じるらしい。
 被験者を前にして、相手のオーラも含めての様子を感じ取りながら誘導すると、被験者の集中力がまったく違ってくる。
 台本を読んでいるのと、実際に相手に話しかけるのでは意味がまったく違う。
 話しかける行為には、両者のオーラ的共感が介在している。
 たとえ被験者が一切返事をしないとしても、そこにはラポールが生じている。
 そういう状態で被験者のオーラを読めば、誘導の最中、被験者がどんな状態にあるのかもだいたいわかる。<自己の星>が移動してるのすら<見える>。
 これは共感呪術に属するものだ。
 そんなわけで、ライブを録音したものを、テープ起こしして修正をかけて、それをさらに頭にたたき込んでまた誘導、これを繰り返して完成度を上げようと思う。
 さて、そのように作られたソースをCDで流通させたとき、他の人々にも同じような共感は生じるのだろうか。私はおそらく生じると思う。少なくとも頭だけで作られたセリフ棒読みの誘導より、ずっとよいものになると信じる。
 「怖い噂」という雑誌で、幽体離脱の特集をするらしい。それで先日、インタビューを受けた。インタビュアーは「大人の怪しい実験室?都市伝説の検証」をお書きになった、川口友万氏。

 実はこの本は、本屋でみかけて手に取らずにはいられなかった本で存在は知っていた。ミミズハンバーグとか、毛髪で醤油を作るとか、昆虫食とか、犬肉を食べるとか、母乳でルミノール反応は見られるのかとか、電磁波は本当に体に有害なのかとか、体当たりで実験したレポートの数々。
 あれこれ実験するのが好きな私も、この本に書かれている怪しい実験は、追試してみる気にはなれないのだけど(笑)、好奇心は120%満たしてくれる本。
 毛髪醤油は、毛髪を塩酸で溶かして、水酸化ナトリウムで中和する。すると塩とアミノ酸になって、それが醤油のような味がする。昔、理科の実験図鑑で、カマボコを原料に、同じ手法で醤油を作るというのを見たことがあるけど、毛髪でもできるらしい。

 「中華街でサソリの唐揚げが売っていた」と、うちの連れが買ってきたことがあった。真っ黒けの姿揚げ。串に刺して揚げてあった。
 何度もためらいながら、ぞわぞわしながら食ってみた。味がなかった。強いていえば、なにか金属っぽい味がした。まずい。
 でも、その後で、なぜか元気が出ることに気づいた。
 サソリに強壮剤のような効能があるわけではない。心の中で規定している食のタブーを破ることが、心理的な効果をもっているらしい。おぞっけの走るような行為は、潜在意識の深いところに働きかけて、非常に重たい感情を刺激する。それが起きると今度は反動で、ハイが訪れるらしい。
 ただしこれは、たまにするから効き目がある。毎日のようにやってれば、すぐに慣れっこになってしまう。そうなるともう効かない。かといって「もっと大きな刺激を!」とエスカレートさせていくのも考え物だったりする。

 川口氏は幽体離脱に興味をもっていたが、「ただの空想とか普通の夢と同じなのではなかろうか」、というように考えたりもしたらしい。
 それで説明したのだけど、「体験がなく、感覚的なものだから今ひとつよくわからない」ようだった。
 ミミズハンバーグなら、作って食べさせてあげる(笑)という方法が使えるけど、幽体離脱は自分で離脱して味わってもらうしかない。幽体離脱を人に伝えることは難しい。でも経験がある者同士なら、共感を通じてすぐに了解しあえると思う。
 あらゆる「経験」は、自分でやってみない限りわからない。経験は共感を通じてのみ、理解しあえるだけだ。ミミズの味もサソリの味も、詳細に記述されたものを読んでも分かることは無い。想像することができるだけだ。

 川口氏が、原稿の締めきりまでに幽体離脱できることを、心より願っています。

 薄汚れたステンレスのヤカン。かなり丈夫な品でもう十年以上使っている。買った当初は鏡面仕上げのピカピカだったのだが、長年の使用でもうみるかげもない。水あかもたまって、こすっても落ちない。これまで何度か金属磨きで手作業で磨いたことがあるのだけど、毎回ずいぶんと手間と体力を消耗するし、完全な鏡面に回復させることはまず無理。
 買い換えようと思い、ホムセンに見にいくと、千円くらいと安いのだけど、作りも安っぽいしデザインもダサイ。
 それでふと、「今のヤカンを電動工具で磨いたら......」と思い立ち、ディスクグラインダーをホムセンでレンタルして、研磨剤とバフでゴリゴリ磨いた。
 初めは、「あっというまに新品に戻るはず」と思ったのだけど、それは甘い考えだった。
 鏡面仕上げは非常にデリケートで高度な技術だったのだ。クレンザーなどでこまかい傷のついたヤカンを、鏡面仕上げ用の微細な研磨剤でいくら磨いても、決して鏡面には戻らない。
 結局、粗仕上げ用、中仕上げ用、仕上げ用と三段階、研磨剤を変えながら磨きなおすはめになった。
 ディスクグラインダーはけたたましい騒音!
 大工道具は騒音対策なんて考えられていない。
 飛び散る研磨剤と金属粒子であたりはどろどろ。
 まあでも、一応、買った当初のピカピカヤカンには戻った。
 しかし研磨剤やバフなどにかけたコストをあわせると、高級ヤカンをもう一つ買えるくらいかかってしまった。
 しようがない。まだもう一つヤカンは残っているし、圧力鍋もみがきなおして元を取ることにしよう。

 ヤカンの底に貯まった水あかは、クエン酸を使うと見事に落ちる。水を入れて、大量にクエン酸を溶かして一時間くらい弱火で煮沸。その後、24時間放置する。タワシで磨いても絶対おちない水あかが、きれいに溶けてしまう。ただしこの方法はアルミのヤカンには使えない。酸に耐えられずアルミが腐食する。

 水あかは、水道水に含まれるカルシウムやミネラルが固まったもの。ミカンや多くの果物には、クエン酸がたくさん含まれているけど、おそらく、土の中のミネラルを溶かして、親木の根や、発芽したタネの根がそれらを吸収しやすくなるように、クエン酸を持っているのかもしれない。


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